休憩至上ism

よく勉強してよく休む

春学期の終わりの散文

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ようやく春学期に終わりがみえてきた..。

 

このごろ何をして何を考えるか、オンライン授業と課題と院の出願と今年の研究が大変で深く悩まなくていいのである意味楽だ。

身体的にはぎりぎりのことが多く、授業と授業の合間などは積極的に暗闇に倒れている。

これでも秋冬よりは春夏の方が鬱々とせずに動けることが多いので動いていきたい。

(秋冬には弱るかもしれないのでその時はあたたかく見守ったり助けてほしい...。)

 

 

前の冬、学部三年生の授業が全部終わり、ドイツに語学研修に行き、そこから妹とロンドン旅行をし、

ドイツに帰れなくなり日本に半強制帰国となり、退屈な自主隔離をし、

そんなうちに新学期は始まったがオンラインになっていて、

2000年生まれの人たちとグループワークをしたりなどして、ゼミも始まり、

論文輪読などをして論文が読めるようになって、自分の研究テーマを指導教官とミーティングで決めたりして、

日本文学の授業では夏目漱石の「趣味の遺伝」や泉鏡花の「高野聖」などを読まされ、

精神分析の授業ではフロイトの築いてきたものに疑問を感じ、

自分の大学や他大学の出願(の不備)や庭にミントを地植えしてしまったこと(後述)などでばたばたしていた。

ふと気がつくと、いつの間にかきらきらした新緑が通り過ぎ、多種多様な紫陽花が現実界Twitterを華やかにし、気温も暑くなってきている。

 

 

毎週金曜日、オンライン授業が終わったら、少し暑い中、近くのスーパーに歩いて行ってお刺身をハンティングするという習慣も出来上がってきた。

 

Zoomで課題会をしたり、いままで以上にお喋りしている人もいる。

お茶を用意してZoomに集まって、「眠たい」といいながら次の日の課題を解く。

SnapCameraも使いこなして、好きな見た目で過ごしている。

100点とは言わないまでもまあまあよくやっているような気がする。

このくらいひそやかな社会もいいなと思ったりする