休憩至上ism

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ボルタンスキー展をはしごした話

 

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夏休みなので周りの人たちの間で専ら話題になっているボルタンスキー展へ行きました。

 

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このポスターの作品はどういったものなのでしょう。

ボルタンスキーの展示は初めてなのでわくわくしています。

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入場しました。入場してすぐにふたつの映像作品《咳をする男》《なめる男》を観る流れなのですが、この映像は私にとってはボルタンスキーの嫌がらせとも感じられるものでした。少し先行きが不安になってきました。しかしこれはほんの数分前まで夏の明るい日差しの中にいた鑑賞者を、ボルタンスキーの世界に引き込み、背後で鍵をかけて追い込むには十分な刺激となりました。

 

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このようなブックレットをもらえました。この中には作品が詳しく紹介されています。全体を通し展示内には説明のパネルは見当たらず、まずは感覚的に、私的な感想や推測をもちつつボルタンスキーの作品を鑑賞するということが叶いやすい展示であると感じました。

 

最初の半分くらいは撮影禁止の展示部分です。

最初の映像による嫌悪感を助長するような、生々しい生命や死を感じさせる作品 (少数) もあれば、死を観念的、抽象的にとらえたものであろう作品もありました。

後者についてはボルタンスキーの表現はとても好きだと感じました。

 

 

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《幽霊の廊下》ボルタンスキーの作品群が言葉による説明なしにでも、死や死生観のイメージを鑑賞者に語りかけてくるということに感動していましたが、このように時折、骸骨や天使という露骨なモチーフを使った作品も現われます。コミカルで可愛らしくも感じられますね。

 

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手前の布は風により揺れ、それに合わせ影は揺らめきます。

 

今回のボルタンスキーの展示では全体を通して肖像写真と電球を多くみつけました。

光を命だと捉えるとたくさんのものが見えてくるように感じますし、ボルタンスキーもそれを伝えようとしているのではないかと思いました。

光は肖像の頭に灯っていたり、傷のついた古い肖像の間を揺れ動いていたり、心拍に合わせて点滅していたりします。

 

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大きな部屋にたどり着きました。天井には肖像を印刷された布が大量に吊るされ、ところどころに黒いコートを着たオブジェ、中央にはなにか得体のしれない堆積物があります。

 

 

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黒いオブジェの詳細です。《発言する》という作品。死神のような佇まいですがどこか安心感を感じてしまうのは光の色があたたかいからでしょうか。この黒いオブジェはこの部屋の中に点在しますが、それぞれ違うことを語りかけてくれます。

 

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寿命が尽きた時の感覚や状況について極めて個人的なことを質問されます。つまりここは死の直後の世界なのでしょうか。不思議なのですがこの音声に非常に親密さを感じました。ボルタンスキーにより、死への美しいイメージが提示されたように思います。

 

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中央に鎮座する、《ぼた山》という作品。他の作品でもこの手法を観測しましたが、大量に同じ物を累積することにより、過ぎ去っていった命の数がおびただしいものであることを示唆しているように思います。かつてかけがえのない思いを持ちながら生きた人々であっても、大量の情報の流れの中ではこのようにひとつひとつが認識不可能となっていくのではないかと思い、個人の消滅に思いを馳せました。例の黒いコートとは別の素材であるようでした。

 

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この部屋の端にある白い一画です。《アニミタス(白)》という作品。

風鈴の音が鳴っています。寂しげで荒涼としているようにも感じます。心がなめらかになるような空間です。展示の流れもあり、死後の世界とはこのような場所であって欲しいかもしれないと感じました。 ボルタンスキーに天国の設計をお願いしたいなあ…。

 

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《ミステリオス》3枚のパネルから成る作品です。写真には2枚しか写っていませんね(ごめんなさい)。これはラッパ状のオブジェによって隣のパネルのクジラに語りかけようとしているそうです。パタゴニアではクジラは時の起源を知る存在であります。しかし呼びかけようとも明確な返事は得られない。ここでポスターの作品の謎が解けました。

このあと《白いモニュメント、来世》があり、また写真撮影禁止の展示がありました。

 

入ってすぐには映像を嫌がらせのように感じ入場したことに対する後悔を感じましたが、部屋を進むごとに良い鑑賞になり、結局のところミュージアムショップで図録を購入しました。

 

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ここで国立新美術館とお別れして、乃木坂から表参道に向かいます。

エスパス ルイ・ヴィトンというルイ・ヴィトンの7階にあるギャラリーでも

ボルタンスキーの展示を同時に行なっているようです。

この夏の一日はボルタンスキーの日にすることにしました。

 

 

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ルイ・ヴィトンの7階に到着しました。見覚えのある風鈴が目に入り嬉しくなります。

ギャラリーの方がこれはイスラエル死海付近の写真だと教えてくださいました。

 

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ギャラリーは干し草の香りと蝉の声としずかな風鈴の音にみたされた空間でした。向かい側のパネルに《アニミタス(ささやきの森)》が、手前のパネルに《アニミタス(死せる母たち)》が展示されています。

 

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《アニミタス(死せる母たち)》はイスラエル死海のほとりでの映像です。

 

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《アニミタス(ささやきの森)》は日本の豊島の映像です。蝉が鳴いていることから季節はいまと同じ夏でしょう。つまり香川県の豊島ではギャラリーで見ているのと同じ景色がこの時間に存在しているのかもしれません。この豊島の風鈴の短冊にはそれぞれ誰かの大切な人の名前が記されているようです。世界のどこで生きていてもどんな状況であっても、この風鈴が小さな島で鳴っているという事実は世界に存在します。このことは誰かと、今は遠くにいるのかもしれない誰かを想像のなかで一瞬で繋げることができるのかもしれません。ここにもボルタンスキーの死への洞察が表れているように思います。

 

いままで豊島には行ったことがありますが、この作品や同じくボルタンスキーの作品である《心臓音のアーカイブ》は未訪だと思い出しました。

自分がおびただしい過去の人間の累積の一部になる前に、ぜひ訪れるべき地点であるように私には思われました。良い夏の一日でした。

 

 

 

 

 

 

クリスチャン・ボルタンスキー – Lifetime

国立新美術館

会期 : 6月12日 - 9月2日

https://boltanski2019.exhibit.jp

 

CHRISTIAN BOLTANSKI - ANIMITAS II

エスパス ルイ・ヴィトン東京

会期:6月13日 - 11月17日

http://www.espacelouisvuittontokyo.com/ja/